六月十五日    大切なことを書きます。    『キャッチ&リリース』について、です。

           最初に書かなくてはいけないことが一つ。  リリースするにしろ、食するにしろ、『釣り』
           という行為は決して魚に優しい行為ではないということ。 

           父の代まで漁師だった。  僕自身、魚を痛めつける道具をつくり、広めている。 
           因果応報だ。  いつか魚に殺されることになっても、文句なんか言えやしない。 
      
           魚に対する愛情や感謝、尊敬の念を人一倍持ちつづけている。  もちろん幼児性、
           野蛮性が残る残虐行為も人一倍行ってきた。  偉そうなことは言えない。

           具体的に書こう。  僕はスズキを殺したくない。  同様に殺したくない魚種が数種類。
           が、食したい魚種も数多い。   もちろん、矛盾だ。  魚種差別だ。 

           食して供養。  正論だ。  人間が一生のうちに必要とする栄養量は決まっているだろう。
           ある動植物を食すことで、他の動植物が生き長らえる。  

           動物を殺して食すことを残酷に思う人がいるが、 逃げる足を持たず悲鳴をあげる口さえ
           持たぬ植物の首をはね、有無を言わさず食すことも同様だろう。  

           『リリース派』と『デッド派』。  おたがい相容れぬ壁が確実に存在し、気まずい空気が
           お互いの存在意義をも否定しかねない。   

           突き詰めて考えると、人間の業の深さにあきれるばかりだ。  

           魚を増やすことを本気で考えるのであれば、まず環境を見直すこと。  そして何より
           『禁漁』でしょう。   それがいやならば、相互理解を深めていくしかないのではないか。

           どちらのアングラー、釣り師も、魚が存在してこそ、でしょう。  

           少し話題がそれるが、JGFA(ジャパン・ゲーム・フィッシュ協会)という組織がある。 
           この僕も数年間在籍し、勉強させてもらった。  またいつか関わることになるだろう。 

           この団体の方針、考え方の大部分を僕は受け入れる。  ほぼ、共鳴している。  

           が、困ったことがある。  魚の命運をかけた釣りという行為を『ゲーム』や『スポーツ』
           と呼ぶその感性だけは受け入れがたいのである。  翻訳の過程で言葉のもつ意味が
           多少ずれるのはいたしかたないとしても、だ。   
     
           でも、それだけのこと。  とにもかくにも僕が尊敬する釣り師、アングラー、友人が
           多く存在する団体です。   微力ながら、応援していきたいと思う団体です。  

           具体的に今の僕にできることを書かせてもらいます。  

           『三本フックのルアーはつくりません』・・・・・ あんまりでしょう。 

           『釣り場のゴミになりえるパッケージはつくらないよう、努力します。』

           環境問題に詳しい友人から、ルアーに内臓しているウェイトが鉛であることを指摘され
           ました。  タングステン等に変更するよう進言されています。  遠くないうちに実現
           できるよう、努力します。   それまでの間、ご容赦を願います。   
            
           最後になりますが。  とにかく釣りという遊びは、魚にとっては迷惑至極なもの。
           せめて彼等に対する愛情、感謝、尊敬の念を忘れぬようにしていきたい。  

           人間だって、同じ星で暮らす生き物です。  

           何だか偉そうなことばかりを書いてしまいました。  これを読まれた方が『好意的』に
           ご理解くださることを願って、終りにさせていただきます。